小澤一郎 スポーツナビ


“魅せて勝つ”レアル・マドリーの強さは本物か?(1/2)


2007年10月02日


レアル・マドリーの新監督に就任したシュスターは、結果と内容を求めるサッカーを目指す【 (C)Getty Images/AFLO 】
“魅せて勝つ”と、結果のみならず内容も求めて就任したシュスター監督の新生レアル・マドリーが、これほど早く強さを発揮すると誰が予想しただろうか。

 リーガ・エスパニョーラは開幕から6節を終え、レアル・マドリーが5勝1分けの勝ち点16で単独首位に立っている。欧州チャンピオンズリーグ(CL)のグループリーグ初戦でも、強豪ブレーメンに2−1と勝利し、今季はいまだ負け知らずの強さを発揮している。
 プレシーズンマッチでのレアル・マドリーは負けが多く(4勝4敗)、リーグ開幕前のスペイン・スーパーカップではセビージャ相手に3−6(第1戦0−1、第2戦3−5)と2連敗で撃沈。開幕前の結果や内容からはとても開幕ダッシュをかけるチームには見えず、早くもシュスター監督解任のうわさが出ていたほどだ。

 今回は開幕からレアル・マドリーが披露しているサッカーを分析しながら、この強さが本物かどうか検証してみたい。



■シュスター監督の現代サッカーに逆行する戦術
 新生レアル・マドリーを率いるシュスター監督がメディアにも選手にも繰り返し言っているのは、「良いサッカーをして勝つ」ということだ。結果至上主義の現在のサッカー界からすると、「奇麗事」「夢物語」で片付けられそうなモットーだが、シュスター監督はそれを開幕から2試合目で完ぺきに実現してしまう。
 9月2日の第2節ビジャレアル戦では前半こそビジャレアルに押されたが、ラウルのゴールで先制すると、後半開始直後にスナイデルの完ぺきな直接FKなどで2点を追加。そこからはまさに美しく魅せるサッカーで次々にゴールを奪い、終わってみれば5−0の快勝だった。

 シーズン開幕から約1カ月が経ち、けが人やローテーションによって若干のメンバー変更はあるものの、レアル・マドリーのシステム、戦術は明確になりつつある。システムは4−4−2で、最大の特徴は中盤がダイヤモンド型である点。ディアラを1ボランチに、ロビーニョスナイデルが左右に陣取り、中央にグティが入る。これまでの戦い方を見ても、当面はこの4人がレギュラーMFとなるはずだ(ロベンはコンディションと連係面の不安から、しばらくはスーパーサブ的な起用が続くと見る)。

 開幕からの7試合を分析すると、戦術面で興味深いことが見えてくる。それは、「戦術からの解放」とも呼べるものだ。今のレアル・マドリーの選手たちは戦術や決まりごとに縛られることなく、自由度の高いサッカーを披露している。もちろん、「戦術がない」ということではない。前監督のカペッロ時代のチームと比較すると分かりやすいが、昨季は戦術や守備の決まり事に縛られて、個人の良さが消えることが多かった。今季は個人の特長を生かすために最低限の戦術があり、その枠の中で個人の能力が最大限発揮されている。よって、能力の高い選手たちにとってはプレーがしやすく、一様に歓迎の声が挙がっている。

「シュスター監督のサッカーでは、自由と自信を持ってプレーできている」(グティ

「レベルの高い選手同士になれば理解するスピードも速い。例えばグティのように、サッカーセンスのある選手とプレーすることは簡単だ」(スナイデル

「今、僕らにはスタイルがある。質が高く攻撃的な選手がたくさんプレーしている素晴らしいチームだ」(ファン・ニステルローイ

 確かに、「ボールを奪う」「スペースを消す」というテーマを追求して高度化する現代サッカーのモダン戦術からすると、レアル・マドリーのチーム全体のコンパクトな陣形、ディフェンスラインの高さ、ラインコントロールは物足りない。これまでのシュスター監督の発言をチェックしてみると、ディフェンスラインについては「カシージャスの守備範囲を邪魔しないよう、適度にラインを高く保つ」と言っている程度だ。ピッチから受け取る印象通り、あまり訓練されていないと見るのが妥当だろう。
 とはいえ、シュスター監督が持つ哲学は「ボールありき」。よって、今のレアル・マドリーが守備を考えるのは、ボールを取られてからのことになる。つまり、守備は二の次だ。最初に考えるべきことはボールを支配して試合のイニシアチブを取り、攻撃に手数をかけること。ボールを失ってもそのまま高い位置からプレスをかけ、ボールを奪い返せばいいと指揮官は考えている。もし高い位置でボールを奪い返せなければ、カウンターなどからピンチを招いてしまうが、そこは後方で守る選手の高い個人能力を信頼する。個人の力に絶対的な自信を持っているからこそ成立する考え・戦術であることは間違いない。

 確かに本来、レアル・マドリーほど質の高い選手をそろえられるチームにとっては、対戦相手ありき、守備ありきのモダン戦術はさほど重要ではない。ピッチにいる11人のポテンシャルが十分発揮できれば、個の集合体としてのチームは相手を上回るはずだからだ。そうした意味では、デル・ボスケ監督時代のシンプルな考え方・戦術に、今のレアル・マドリーは戻りつつあると言えるのかもしれない。

 開幕戦のアトレティコ・マドリー戦と第2戦のビジャレアル戦は、そうした考え通りに試合が進み、内容が伴った結果を出した。2試合ともに前半から中盤のスペースが空いた激しい攻撃合戦となったが、実はこの状態こそシュスター監督の狙っているものだと言えるだろう。中盤にスペースがあるオープンな状態で激しい打ち合いの展開になれば、中盤にテクニシャン、前線に決定力がある選手を抱えるレアル・マドリーに分があるのは明らかだ。一定のスペースさえあれば、スナイデルグティは比較的楽に前線にボールを供給することができ、ラウルやファン・ニステルローイも良い形でボールを受けることができる。そして、シュート数が多くなれば、決定力あるFW2人が相手よりも多く点を奪うのは当然だ。
 CLのブレーメン戦でも、MFジエゴに手こずりシュート数では20対18と互角だったが、勝負を分けたのはラウル、ファン・ニステルローイのような決定力のあるFWを抱えているかどうかの違いだった。今のレアル・マドリーが採用する戦術は現代サッカーが進む方向とは逆行するものだが、抱える選手の質や能力から考えて、合理的な戦術だと言えるだろう。

<続く>



2007年10月02日


■ラウル完全復活の理由
完全復活を果たしたキャプテン、ラウルの動きはチームの調子をはかるバロメーターとなっている【 (C)Getty Images/AFLO 】
 今季加入したスナイデルは開幕からの素晴らしい活躍により、地元スペインでブームが起こるほどだったが、今のレアル・マドリーを支えるのはラウルの完全復活だ。シュスター監督も「良い状態のラウルをローテーションで休ませる必要はない」と、全幅の信頼を置いて使い続けている。そして、ラウルの動きはチームの調子をはかるバロメーターだと言えるだろう。

 開幕からのラウルの動きを見ると、昨季までとは決定的な違いがある。それはボールを持った味方選手に近寄る動きと、遠ざかる動きの違いだ。以前はボールを持っている選手に近付いてパスを受けようという意識でプレーしていたが、今はボールを持った選手からとにかく遠い場所へ逃げる動きを心掛けている。
 ラウル自身が「昨季まではチーム全体としてパスのオプションが少なかった」と語っているように、そのような状態では、キャプテンとして責任感が強く、ここ数年FWのみならずMFも経験し器用なプレーができるラウルは、ボールを持つ選手のパスコースを1つでも増やそうとボールに近寄ってしまう傾向があった。それが今季はその役割をきっぱりと捨てること(=中盤の選手に任せること)ができており、代わりにボールを持った選手から遠のく動きを繰り返しているのだ。
 その理由は簡単。自分をマークするDFの視野から消えるためである。相手DFはボールとラウルを同一視野上に入れて対応する必要があるが、ラウルがボールからどんどん遠ざかれば、必然的に自身の視野から外れてしまう。そして、消えたラウルが再び現れた瞬間は、すなわちゴール前でラストパスを受けて決定的な仕事をする時であり、グティスナイデルらから正確無比なパスが送られるのだ。

 また、ラウルは9月22日付の『マルカ』紙のインタビューで、以下のような話をしている。
「現代サッカーでは、前線での(FWの)動きが失われつつある。今のFWはあまりに足元でボールを受け過ぎだ。FWが本当の仕事をするためにも、DFの注意をそらすようなマークの外し方が必要だ」

 第2節のビジャレアル戦の前半、スナイデルからの見事なロングパスを受けて決めた先制点前のラウルの動きは、まさにそのお手本となるものだった。スナイデルがボールを持った瞬間、昨季までのラウルならボールに近付き、くさびのボールを受けようとしていただろう。だが、この日はDFシガンの視野から消える動きをして、ボールを引き出した。相手DFとGKの間にほんの一瞬できたスペースを生かし、劣勢の展開の中で先制点をたたき出すラウルの決定力。彼の真骨頂であるマークを外すためのオフ・ザ・ボール(ボールがないところ)の動きが強調されるゴールだった。
 逆に、第4節以降の3試合(バジャドリーベティス、ヘタフェ)では、中盤のプレッシャーが激しく思うような攻撃の組み立てができなかったため、ラウルも昨季までと同じく中盤に下がる動きを繰り返していた。彼が味方選手に近付くか離れるか。この動きを注意深く観察していれば、その試合のレアル・マドリーの調子も見えてくるはずだ。



■磐石な“魅せて勝つ”サッカーへ
レアル・マドリーの強さは本物か?」

 この問いに対する答えは「YES」。しかしここ最近の試合では、格下相手に内容で圧倒される試合が続いたため、シュスター監督に懐疑的な声も上がっている。9月30日のヘタフェ戦後には、あるサッカー番組内で早くも「シュスターのサッカーはカペッロのサッカーよりましか?」という議論がなされていた。ただ、連戦による疲労やけが人の影響がある中で無敗を続けているのは、逆にその強さを証明していると言えるだろう。

 結果と内容を両立させたアトレティコ・マドリービジャレアルとの2試合では、バルセロナを除く国内のチームが今季のレアル・マドリーに真っ向勝負を挑んでも勝てないことを証明した。実力のあるアトレティコビジャレアルは、昨季とプレシーズン前の“弱いレアル・マドリー”のイメージそのままに、強者のサッカーで真っ向勝負を仕掛けてきた。だが打ち合いの展開が続くと、最終的には選手の決定力、守備力に勝るレアル・マドリーが少なくともスコアでは上回ってしまう。
 この2試合を良い教訓に、その後の格下のチームはしっかりとゲームプランと戦術を立て、レアル・マドリーの強さを結果に結び付けない策を練ってきた。特に1−1で引き分けたバジャドリーの戦い方は圧巻で、激しいプレッシャーを90分間かけ続けた。今のレアル・マドリーには、この日バジャドリーが披露したようなハイプレッシャー、ハードワークを回避できるだけのパスワークがまだ確立されていない。勝ち点3こそ奪えなかったが、レアル・マドリーの選手たちが開幕2試合で得た自信や良い感触をこの日のバジャドリーが奪ったことは間違いなく、そこからレアル・マドリーの調子もおかしくなったのだ。

 中盤に一定のスペースがある中で、美しく勝つサッカーを実現できる力は証明した。レアル・マドリーにとって次なるステップは、バジャドリー戦で課題となったハイプレッシャーをかいくぐるパスワークの習得だ。そのためには素早い判断力と周囲のサポートが必要になるが、時間と実践を積み重ねて連係が高まってくれば、そうしたサッカーをコンスタントに披露できるだろう。
 まだシーズンは始まったばかり。シュスター監督に率いられた昨季王者が攻撃的で“魅せて勝つ”サッカーを目指す姿勢を歓迎しながら、本当に強いレアル・マドリーを待ちたい。結果と内容を両立し、「憎らしいほど強い」といわれるレアル・マドリーが復活することは、リーガの他チームの戦術的レベルを上げることにもつながる。何より、勝利を求めるあまり、守備的でつまらないサッカーにひた走る傾向にある現代サッカーに、一石を投じることになるだろう。

<了>

小澤一郎/Ichiro OZAWA
早稲田大学卒。大学在学中より指導者を目指し、当時から質の高いサッカーを展開していたスペインサッカーにはまる。学生時代に将来の準備としてバルセロナに留学し、その後は日本での2年間の社会人生活を経て、昨年1シーズンを通しスペインのバレンシアでトップチームを中心にスペインサッカーに触れ、見識を広める。帰国後、ユース年代の現場経験を積み、2006年4月より再びスペイン(バレンシア)に渡る